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藤田夢香 光の種子に、想いをのせて

2023.06.28

2023.06.28

本日は、7月9日(日)から個展を開催される藤田夢香さんの作品についてご紹介いたします。

藤田さんの制作技法は、シルクスクリーン。
中でも、その技法をもとにしたモノタイプ(版画技法のひとつ。ギリシャ語“monos”=唯一の、に由来するように、他の版画技法と異なり、版からは同じものが1枚のみしか印刷できない。描画したものを直接対象物に転写する技法。)の制作を主軸としてご活躍されています。
今回ご紹介する作品は、版画の立体作品です。

DM掲載作品「光の種子 I.2023」

自分だけの小さな美術館のようなイメージで制作されたというオブジェたち。
手のひらに乗せられるほどの小さな作品は、どこか大切なものをそっと閉じ込めた宝箱を、ふわりと慈しむような心地で手にしているような、そんな気持ちを想起させます。

淡い緑色の色彩の中に、細かい気泡のような表現が多数彫りこまれている、透明な世界。
まるで作品の中を浮遊するかのように、モチーフを作り上げたり、点在したりと、独特なリズムを奏でます。

一見ガラスの立体作品のように見える作品ですが、使用素材はアクリルです。

「アクリルは、カメラのレンズに使用されるぐらい純度の高いものを使います。
ひとつひとつ密度も高く、重さもあります。」

これにシルクスクリーンの技法を駆使して、透明感のある着彩を施しています。

紙などの平面に印刷されていない様は、少し不思議な印象がする方もいらっしゃるかもしれません。
というのも、版画の技法のひとつであるシルクスクリーンは、“どんなものにでも刷れる”という特徴を持っています。
身近な例では、Tシャツのプリントや、CDの盤面印刷などにも、このシルクスクリーンが使用されています。
商業と共に発展してきた歴史をもつシルクスクリーンは、インクの種類が豊富であるため、印刷媒体を問わないのです。

※シルクスクリーンの技法については、こちらの記事に概要をまとめておりますので、ぜひご参照ください。
5ARTIST:下河智美 同一のなかの差異

“小さな美術館”のつくりかた(制作工程)

この”小さな美術館オブジェ”たちがどのように作られているのか、実際の制作工程を見ていきましょう。

といっても、工程としては非常にシンプルです。

はじめに、ずしりと重い、厚さのあるアクリルに、ルーターを使ってモチーフを彫り込んでいきます。

少しピントがずれていますが…ルーターで細かくモチーフの表現を彫り込んでいきます。
モチーフの参考となるアイテムたち。
藤田さんのキーアイテムとなる綿毛も、円筒のケースに大切に置かれています。

作業自体のプロセスはシンプルでも、モチーフの彫り込みや着彩は非常に細かい作業の連続です。
集中力と繊細さの問われる作業が続きます。

彫り込みが完了した状態のアクリル作品。
アクリルの中に繊細に浮かぶ、空気の粒のようにも見受けられます。

彫り込み作業の次は、細かく彫りこんだ跡(穴)に彩色を施していきます。

注射針のような器具を使用して、小さな穴に直接インクを流し込んでいきます。

平面部分には、シルクスクリーンプリントで着彩をしていきます。

色味は、透明度を高くしたものをのせていきます。
純度の高いアクリルの透明感を活かす色合いを意識します。
作品やモチーフを立体的にみせるため、複数の面に透明感を意識した色を加えます。
あえて刷らない面も作ることで、素材とモチーフの存在感が引き立ちます。

着彩が完了したら、別々に制作していたアクリルのパーツを貼り合わせます。

パーツを貼り合わせて、いよいよ完成です。
作品に奥行きが生まれました。

光への希求

制作を始めた頃は、和紙などの、素材感を感じられる平面に刷ることを主としていた藤田さん。
しかし活動を続けるうちに、次第に、アクリルや鏡などの透明感のある素材を使用するようになっていきます。
作品を通して追い求めるものは、“光”の存在です。

「光が差し込んだり、取り込まれたり、反射したりすることで表情が変わる様は、素材を通して、光そのものを感じているようにも思います。」

同じ空間、同じ作品であっても、1日の中で観る時間帯、角度によって、さまざまな表情、色、景色を見せてくれる作品。
その様は、光の存在を明確に示してくれるようだと、藤田さんは語ります。

「光は、常にうつろいゆく日々の、あらゆるものを、包み込んで、柔らかさや美しさを与えてくれる存在であると、私は信じています。」

光の存在と表現は、藤田さんにおいて心の指針や、拠り所、ある種の羅針盤のようなものにも置き換えられるのかもしれませんね。

心、たゆたふ

光の表現や種子のモチーフを作品にするきっかけとなった経緯やエピソードは、この数年間の日常の影響が、色濃く反映されています。

1年ほど前までは、日本を離れて暮らしていたという藤田さん。
外国での日々は、日本との物理的な距離だけでなく、ご存知の通り数年間のパンデミックにより行動に制限が強いられたり、大きな変化を目の当たりにする不安定な状況が続きました。
そうした影響からか、遠くに暮らす知人たちとも交流をもつ気持ちにはなれなかったといいます。

どこか世界の片隅で、そっと声をひそめて、物事を傍観しているような感覚のまま過ごす日々。
閉鎖的な気持ちを抱いたのちの帰国後、その年月のうちには、悲しい別れ、失ったもの、なくした場所が幾つかあるという事実に直面します。
現実と記憶の中を、ふわふわと漂うような、定まらずに揺れ動くような心情。
もう記憶の中でしか会うことが叶わなくなった存在は、藤田さんにとっては深い悲しみよりも、不思議な感覚を抱かせるものとなりました。

心もとない感覚に包まれながら、出かけた先。
ふと子どもたちが綿毛を飛ばして遊び始める光景を目にします。

「目の前をたくさんの綿毛が、きらきらと風に飛ばされていったんです。
その光景が、とても力強く感じてしまって。
それまで感じていた捉えどころのない自分の気持ちも、一緒に飛び立っていくかのように思えました。」

些細な光景。
何気ない日常のワンシーンが、藤田さんに希望を与えた瞬間でした。
その瞬間の感動や、自分の想いをのせるかのように、空に軽やかに飛び去る綿毛や種子をモチーフに選びます。

「繊細で、か細いものの中にも、光がある。
そんなささやかな発見と眼差しが、一筋の道標になるんだということに、私は希望を感じています。」

藤田さんの想いを芽吹かせるかのように、希望の光とともに種子のモチーフが刻まれます。

柔らかく、たゆたいながら。
それは時にしなやかで、力強く。
光も、種子も、新しい生命の息吹を象徴するモチーフが、藤田さんに力を与え、作品の中で芽吹き、それらに生命を宿します。

希望の断片を閉じ込めた、小さな光の欠片たち。
ゆれうごく時の狭間に、そっと希望の光を見つけにいらしてください。

藤田夢香 展 - たゆたふ光 –
2023年7月9日(日) ~ 2023年7月15日(土)
12:00~18:30 /月曜休 / 日曜〜18:00、最終日〜17:00迄

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