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休廊日は展覧会により異なります

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淺野慶 日常の静けさに佇む

2023.09.05

2023.09.05

本日は、8月29日(火)から個展を開催している、淺野慶さんの作品についてご紹介いたします。

淺野さんは、シルクスクリーンによる版画作品を制作されています。
描き出すのは、身近にある、日常の何気ない街の光景です。
意識しなければ流れてしまうような、ほんの一瞬の些細なワンシーン。
毎日通る道から見上げる景色。
ふと目にした道端に咲く花。
版画特有の限られた色彩による重なりが、その景色を見る人に、穏やかに作用します。
描かれる構図や、画面に残る余白が、常に「みる人」の存在を配慮するかのように、ゆっくりと、静かに佇みます。

DM掲載作品「人工都市」

版画技法とひとくちに言えども、その種類は多岐に渡ります。
凸版:木版画、平版:リトグラフ、凹版:銅版、孔版:シルクスクリーン…と大別されますが、それぞれに細分化された技法も存在しています。

淺野さんは、写真製版と呼ばれる技法を、シルクスクリーンの制作に取り入れることで、作品をつくりだしています。
フィルム写真の現像のイメージに近い、この技法。
写真製版とは?
シルクスクリーンの技用の中で、どんな違いがあるの?
そんな疑問に、淺野さんの制作技法のご紹介を通して、教えていただきました。

※ 大枠となるシルクスクリーンについては、本ブログ記事にて何度かご紹介をしております。
制作技法についてもまとめておりますので、併せてご覧いただければ幸いです。
5ARTIST:下河智美 同一のなかの差異

※ 昨年開催された個展の際にも、本ブログにて淺野さんの制作風景をご紹介しております。
貴重な自作感光器の画像も確認できますので、こちらも是非ご確認くださいませ。
淺野慶 個展2022 ポジフィルム〜露光製版

写真製版のつくりかた

早速、淺野さんが普段どのように作品を制作しているのか、工程を見ていきましょう!
“写真製版”という名前のとおり、工程には写真の技術を思わせる単語や技術、画材がたくさん出てきます。
ぜひ注目しながらお読みください!

下絵

まずは下絵を描きます。
モチーフとなるのは、身近にある景色たち。
そのため、普段から撮りためている日常の風景写真を選ぶところから、制作がスタートします。

「数ある写真の中から、なんとなく気になったもの、絵にしたら面白いかな?と思ったものを選んで、下絵を描いていきます。」

昨年の個展DMにて掲載していた作品「冬休み」。
こちらは下絵の状態です。

以前は下書き時に色をつけることもあったそうですが、最近は鉛筆のみで描くことが多いのだそう。
スケッチの感覚に近いのかもしれませんね。

ポジ原稿

下絵が完成したら、これを元にポジ原稿(色や形が、完成した時と同様の状態に描かれた原稿)を作っていきます。
マットフィルムやトレーシングペーパーなどの、透過する材質の紙にモチーフを描きます。
版画は、モチーフや色彩ごとに版を分けて印刷するため、最終的な重なった線の状態を確認しながら作業を進めていきます。
写真製版の場合は、原稿の版わけをこの段階で行います。

「冬休み」主版となるポジ原稿。
構図のメインとなる木が描かれました。
こちらは、「冬休み」背景に描かれている建物の線画部分の原稿です。
上記2枚の原稿を重ね合わせたところ。
この2枚も、版画として刷っていきます。
版画というと「面(色彩などの)」を刷る印象がありますが、淺野さんは線の描写も全て印刷しています…!

「製版の際には、紫外線を当てて露光(光を当てること)するので、UVを透過しない描画材料で描く必要があります。
マットフィルムの場合は、フィルム用製図インク、POSCAなどを使います。
トレーシングペーパーでは、顔料インクのボールペン、製図ペン、墨汁など。
用紙の違いで、それぞれに適切な画材を使うように意識しています。」

なぜ描画した線は、光を通してはいけないのか。
実は、この工程で描画している線は、続く製版作業の時の「孔」を作るためのもの。
ここで描いている線は、インクを通す部分を作るためのマスキングの役割を果たすのです。

「写真製版では、印刷をするための版(紗(しゃ))に、感光乳剤を塗布します。
ここに光を当てる=露光することで、感光乳剤が硬化して、インクを通さないようになるんです。
インクを通して欲しい部分は、光が当たらないようにしなければなりません。
そのため、紫外線を透過しない描画素材で、はっきりと描写をする必要があります。
これが少しでも掠れたりして光を通してしまうと、その部分が硬化してしまって、思うような線が印刷されなくなってしまいます。」

露光と製版

実際に感光乳剤を塗った版に、先のポジ原稿を重ね、紫外線で露光した状態がこちら。

「冬休み」とは異なる作品ですが…露光が終了し、製版が完了した状態です。

「白く見える部分が、インクを通す部分。
ポジ原稿で、ペン等で黒く描画を施した部分です。
グレーの部分が、感光乳剤が硬化した箇所になります。
感光乳剤は水性なので、露光した後に版を水で洗い流すことで、“孔”ができる仕組みです。」

こちらは、モチーフの線画部分ではなく、色彩を印刷するための版です。

どことなく、写真のネガフィルムのようにも見えてきます…!

「原稿の段階で、せっかく細く繊細に描いていても、インクが薄かったり、掠れていたりすると透過して露光してしまうので、版にならない場合もあります。
実際に露光をしてから気づき、やり直すこともあるんですよ。
そのため原稿を描く段階で、透過具合を細かくチェックしていく必要があります。」

半透明の用紙の利点は、こうしたチェックの時にも活かされています。

刷り

露光し、製版が完了したら、いよいよ刷りの工程に入ります。

淺野さんが主に使用するインクは、アクリル絵の具(シルクスクリーン用インクを使用する場合は水性のもの)です。
シルクスクリーンというと、TシャツやCD印刷などに使われていることから油性インクのイメージがありますが、水性インクも一般的に使用されています。

こちらも違う作品の版。
スキージを版に滑らせることで、孔を通過したインクが印刷される仕組みです。
水性インクは、数種類の色が用意されています。

水性インクは、乾燥しやすい特徴を有し、柔らかい表現に適しています。
淺野さんの作品の質感は、画材による特徴も大きく関係しているのですね。

この工程では、いきなり本番を刷るのではなく、何度か試し刷りを行います。
構想段階からイメージしていたものが、きちんと作品として反映されているか。
版が重なり合う部分がどのように仕上がっているか。
色や透明度がどのように表現されているか。
版ごとの影響具合など、細かな確認をしながらの作業です。

「刷る作業は淡々と機械的に行うため、刷りを加減したり、細かく調整したりすることがほとんどできません。
そのため、先ほどもお伝えしていますが、とにかく最初の原稿作成の段階が肝心です。
どの線を強く残し、どの色をはっきりさせたいのか。
いかに完成形の状態をイメージできているか。
そこから逆算して作業をすることが大切なんです。」

このイメージの逆算の過程が最も難しく、しかし最も面白い要素だと、淺野さんは語ります。

「全ての版を刷り終えた時、いかに自分がイメージしていた状態に近づいているか。
制作の時は、常にこの目標を掲げて作品と向き合っています。」

淺野さんが理想とした完成形。
そのイメージがどのように印刷されて、作品となったのか、ぜひご自身の目でお確かめいただければ幸いです。

**
何気ない日常の光景を、版画作品として切り取る淺野さん。
あたかもカメラのシャッターを押して、景色を魅せる写真のように。
しかしレンズ越しに見る幾重もの鮮やかな色彩とは異なり、限られた色の重なりは、心に穏やかにその情景を伝えます。

日々に追われ、何気なく過ぎ去る時間の中で、一瞬に消えゆく、私と世界の関係性。
それらを描き止めた世界には、緩やかに、しかし確実に、呼吸をして生きる“この瞬間”を感じとるための安息感に満ちていることでしょう。

本日は個展最終日。
目まぐるしい日々のうちに、そっと立ち止まる視線を思い出すひとときになりますように。

淺野慶 個展
2023年8月29日(火) ~ 2023年9月5日(火)
12:00~18:30 / 日曜〜18:00 / 月曜休 / 最終日〜17:00迄

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