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道源綾香 「みる」こと:大地に深く、空に高くひろがる樹のように

2023.09.05

2023.09.05

本日は、9月9日(土)から個展を開催する、道源綾香さんの作品についてご紹介いたします。

絵画作品を制作されている道源さん。
2018年にSAN-AI GALLERYで開催した個展から、「距離をつかみなおす」というテーマで作品を制作されています。

アクリルや鉛筆で表現されるのは、広大な自然の中に凛と佇む、“樹”。
透明感あふれる自然の空気の中に描かれた樹は、しかしその景色を遮るように、ピントが外れた「何か」が覆い被さり、視線を阻んでいます。
この「何か」は、風が突然吹き荒れた際に舞い上がる花びらや落葉のようにも、茂みから世界を覗いたときに邪魔をする枝葉のようにも感じられます。
あるいは、画面を侵食する有機的な微生物が覆いかぶさっているようにも捉えられます。
もしかしたら、画面に描かれたこれらは、あたかも漫画や小説の中で登場人物たちが視線を交わす心象的な景色に散りばめられた表現の類なのかもしれません。

DM掲載作品「ひとつめくる」

いずれにしても全てに共通しているのは、そのシーンに「視線」の存在があるということ。
みるという行為、みる対象、みることで生じる心情の微細な変化が、作品を通して伝えられます。

「ひと」 存在の認識と痕跡

作品の中に人物は描かれていませんが、“樹”と、画面を覆う“有機的な何か”が、みる「ひと」の存在をもほのかに感じさせます。
それはこの作品を前にみている「私」(鑑賞者)かもしれないし、絵画の中で紡がれている「誰か」(登場人物)であるかもしれません。
制作者である道源さんかもしれないし、あるいは隣でみている親しい相手の視線を追体験しているのかもしれません。

「みる」とは、いわば人物の存在があって初めて成立する行為です。

「学生の頃は、人物画をメインで描いていました。
その頃は、テンペラと油絵具の混合技法に興味があり、白亜地を手で磨いたり、オイルを自作で調合したり。
細密な作品や空気感を好んでいた部分は変わりませんが、今とは全く異なる画材やモチーフで作品を描いていました。
その後、多摩美の大学院を修了してから、地元北海道の自然に強く惹かれるようになって。
そのあたりから、人物の背景として描いていた風景をメインのモチーフとするようになりました。
しかし、樹や自然を描いてはいますが、単なる風景画というよりも、人物の気配、痕跡は、今でも大切にしているんです。
対象として描いてはいなくても、“人”の存在感は、絶えず私の作品の中で意識されていると思います。」

「距離をつかみなおす」というテーマに込められたメッセージは、実際には測ることのできない“人との関係性の距離”、同時に、物理的な“人との距離”を意識するという意味が付加されています。

「みる」 記憶と意識の誘発装置としての

この数年間の未曾有の出来事からも、道源さんは人との距離感について一層意識されたといいます。
その中で改めて感じた、人の存在感=「みること」や、関係性、記憶にまつわる想いが、作品の中で複雑に絡み合い、ひとつの絵画として昇華されます。

「今までもテーマに掲げてきた“様々な視点で『みる』こと”は、より一層強く注目しています。
例えば、同じ絵を前にしていても、自分がみているものと隣にいる人がみているものは、同じではないかもしれません。
しかし、ただ単に隣に居合わせた人とは共有できなくても、同じ景色を過去に一緒に体験した相手とは、同時にみている絵を同じ尺度でみることができるかもしれない。
あるいはその絵の景色が思い出の景色に近ければ、みているものはより鮮明に鑑賞者の心に訴えかけるかもしれません。
また、記憶の中では、その作品に描かれた対象を通して、誰かと邂逅することもあるかもしれません。
そして、仮にそこに描かれていなくても、記憶の中で、その情景が絵に反映されたり、補完されることもあるかもしれない。
人との関係性。
描かれている対象に対する思い出や記憶。
視線の先に『みる』ものは、そういう不確かで形にならないものに、大きく影響されていると思っています。
そんな想いや感情、意識の扉が動く瞬間のきっかけとなる作品を描きたいと、いつも意識しています。」

遮断された先にみえるもの

有機的な「何か」も、みることを意識するための誘発モチーフになっています。

後方に描かれている樹の風景は、はっきりとした輪郭で描かれているので、目線が必然的に奥へと誘導されます。
ピントが合っているためです。
しかし、それを阻害するかのように、手前に有機的な形が描かれます。
これが「見る」という行為を意識化させています。

「見たいものが隠れていたら、その隠れている部分には何があるかと気になったりしますよね。
でも、部分的に欠落していたり、全部が見えなくても、その部分を補い、想像する力が人間にはある。
『みた』ことのあるものの“記憶”がそうさせています。
そのため、全てを見せずに雑音が混ざるような、あえて見たいものがすんなり見えないような作品を描くようにしています。」

普段意識せずにいる「みる」という行為そのものが、作品を手がかりとして浮上します。
後景と前景の焦点を合わせ直すときに生まれる意識の狭間。
その一瞬にだけ生み出されるであろう、現実(外側の世界)と、精神(内側の世界)=意識、記憶の交差する瞬間をつくりだすこともまた、道源さんが作品を通して表現したい、伝えたいテーマでもあるのです。

樹と私

記事の後半では、道源さんが制作されている鉛筆画の制作工程をご覧ください。
寄り添うように静かに佇む、2本の樹。
道源さんが描き続ける、樹にたいする想いやエピソードも伺いました。

下準備

まずは描く前の下準備から。
鉛筆画に取り組むための、画材たちを並べてセッティングします。
今回は下記のラインナップで用意しました。
・鉛筆、シャープペン(6B〜4Hと、様々な濃さ、硬さを用意して、表現ごとに使い分けます)
・擦筆(紙製)
・ガーゼ
・練りゴム
・低粘着シート(細かい部分を消す際に使用します)
・ケント紙(目が細かく質感が滑らかで、繊細な表現がしやすい紙です)

右上に写っているスプレーは、鉛筆で描いた表現を用紙に定着させるためのもの(フィキサチーフ)です。

ケント紙は、画板に動かないように固定します。

この時に、周辺が汚れないようにマスキングテープで保護処理を施します。

描画

準備が完了したら、いよいよ描画開始です!

はじめに、描く部分全体に淡く濃淡をつけていきます。
この時に使用するのは、6B鉛筆とガーゼです。

どんな樹が描かれていくのでしょうか…?
ワクワクしますね。

描かれた濃淡は、実は偶然にできたもの。
道源さんが無意識に生み出した、ぼんやりとした陰影です。
ここから、地面を描いていきます。
筆跡の中に宿っている、まだ見ぬ形を感覚的に拾い上げていきながら、徐々に形にしていきます。

波状に広がるような表現が描かれました。
描画部分に近づいてみると、細かな粒状の表現が幾重にも描写されていることがわかります。
最初のぼんやりした濃淡から、鉛筆の繊細な動きが加わって形が現れてきました。
濃く描かれたところや、反対にガーゼや練りゴムなどで淡くした部分も出てきました。
穏やかなリズム感が感じられます。

地面がある程度描かれたら、いよいよ樹を描き込みます。

「普段から、たくさんの樹のスケッチや写真をストックしています。
どんな樹を描くかは、この中から選んでいます。」

画面の空間や、地面の表現とマッチする樹のイメージを選んだら、その樹の雰囲気を最大限活かしつつ、残しつつ、画面の中に入れ込んでいきます。

先ほどの地面とのバランスも考慮しながら、描き加えます。
水辺に佇む樹のようにも見えてきました。
幹の凹凸や、葉の陰影なども、穏やかなトーンで表現されています。
大きさや、柔らかな空気感など、画面の中で伸びやかに枝葉がのび、しっかりと大地に立つ悠然とした様子を意識しながら描いていきます。

ここで閑話休題。
道源さんの樹にたいする想いを語っていただきました。

北海道出身の道源さん。
幼い頃から広大な自然に囲まれ、樹は最も身近な存在として育ちました。

「近所の大きな公園にも、大きくて立派な木がたくさん立っていました。
それと、当時放送されていた「にこにこぷん」に出てくる“かしの木おじさん”が大好きで…。※
私も、樹と話ができると思いながら当時を過ごしていました。」
(※1982-1992年に、NHK教育テレビ「おかあさんといっしょ」内で放送されていた着ぐるみによる人形劇。
かしの木おじさんはその中に登場するサブキャラクターで、樹齢200年のかしの木。
島の長老的な存在で、博識で優しいおじさんですが、いつも居眠りをしています。)

大人になってからも、樹は道源さんにとって非常に大切な存在です。
かしの木おじさんのように、時には道源さんを優しく励ましてくれたり。
あるいは、幼い時に抱いた樹への尊敬と憧憬を思い出させてくれる、力強さの象徴だったり。
日常で出会ういくつもの樹々の中には、忘れられない出会いやエピソードが詰まった特別な樹もあるといいます。

「以前住んでいたところの近所に生えていた、大きくてどっしりと立派な銀木犀の木には、安らぎと暖かさをもらいました。
毎日その前を通る時は、必ず幹の近くまで行って、枝葉を眺め、隙間から漏れる陽の光を見るようにしていて。
無造作に立っているだけなのに、おじいちゃんに見守られているような暖かさを感じました。
いつも心の中で会話を楽しんだり、一緒に過ごすひとときに、安心感があったんです。」

またある時は、かっこよく佇む2本の木に、憧れを抱くこともあったようです。

「同じぐらいの高さの細長い樹2本が、寄り添いながら、でも適度に良い距離感で堂々と同じ向きで立っている場所があって。
道からは少し遠くて近づけませんでしたが、“夫婦の樹”と勝手に名づけて、そのかっこいい佇まいを眺めることもありました。」

日常の中で出会う木々たちに、寄り添い、対話をする。
道源さんが心惹かれるいくつも樹々たちと、深く心を通わせ、同じ時間を過ごすことが、作品の中でしなやかに展開されていきます。

…モチーフへの想いを紐解いたところで、制作工程に視点を戻しましょう。

鉛筆画での制作も、いよいよ終盤に差しかかってきました。
ここで、道源さんの作品における重要なモチーフ、「有機的な何か」を加えていきます。
鉛筆画でも同様に、この描写は欠かせません。

先ほど描いた樹を隠すように、ぼんやりと浮遊する「何か」が描かれました。
手法としては、この部分は描写部分を“消す”ことで作り出しています。
表現のアップ。
この「何か」、樹々への愛情と、纏う空気感を表現するかのような、心象的な光のようにも感じられます。

「アクリル画でも鉛筆画でも、描くもの、描きたいこと、伝えたいことは一貫しています。
鉛筆というとスケッチや下書きのイメージを持たれるかもしれませんが、私の中ではアクリルと遜色ない大切な素材です。
鉛筆画は、空気や光の表現がイメージ通りに描写できる部分が気に入っています。
あと単純に、鉛筆の色や、表現できるトーン、雰囲気が好きというのもあります。」

思い通りの表現が細部まで繊細に表現できる鉛筆で、この後はひたすらに細かい部分を描きこんでいきます。

先ほどからさらに描き込まれた樹の様子。
陰影が濃くなり、地面も強く色が現れています。
画面に奥行が生まれてきました。
アップでも。
ひとつ前の状態と比べてみてください。
どこが変化しているかお分かりになりますでしょうか。

これだけでも素敵な樹に思えますが、まだ完成ではないとのこと。
完成した作品は、ぜひ会期中に会場にてご覧ください。
画像で見るだけではお伝えしきれない、繊細な表現と空気感を直接感じていただけたらと思います。

**
今回の記事では、鉛筆画による優雅な樹の表現をご覧いただきましたが、アクリル絵の具による作品は、鉛筆画とは一転、たくさんの色彩が使われて描かれています。
自然の中にある色彩が無限に広がるように、優しい色合いを纏いながらも、凛として、ブレずに主張をしつづけます。
本来、色とは、このように各々の粒を主張しながらも、溶け合い、混ざり合うことで私たちに世界をみせているのではないだろうか…。
道源さんの作品は、そんな色彩の要素からですらも、「みる」ことを意識するような哲学で貫かれています。

幾重にも意味が張り巡らされた、「みる」ための装置。
絵画を前に、普段意識することのない思想を巡らせるもよし。
はたまた、どこまでも雄大に、真っ直ぐに伸びる、穏やかな樹のように。
柔らかく広がる樹と自然の景色に癒されるもよし。
どうかご自身の目が辿る「みる」行為の行末を、みつめる契機となりましたら幸いです。

道源綾香 個展 -距離をつかみなおす III-
2023年9月9日(土) ~ 2023年9月16日(土)
12:00~18:30 / 日曜〜18:00 / 月曜休 / 最終日〜17:00迄

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