
丸橋正幸 × 岡田佐知子 -きらら- 開催中です!
- 制作の現場から
2024.01.17
〒101-0031東京都千代田区東神田1-13-17 森ビル1F
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OPEN 11:30 CLOSE 18:00(最終日17:00)
休廊日は展覧会により異なります
03-6206-0811
2023.10.22
本日は、10月29日(日)から個展を開催される、今野樹里恵さんの作品についてご紹介いたします。
架空の楽園を描き出す今野さん。
その美麗な世界は、銅版画によって眼前へと姿をあらわします。
神話や星めぐりの物語を想起させるようなワンシーンが綴られた画面は、緻密に描きこまれたモチーフが装飾性を帯びてその世界を覆い彩ります。
女神やニンフのようにも見える女性が主題的に描かれ、たなびく髪は、意思を持つ植物のように緩やかに曲線を伴って画面に広がります。
寓話のように配置された動物の姿が、夢と空想の瞬間を私たちに伝えてきます。
そして、画面を埋め尽くすほどの植物がモチーフと絡み合い、空想と現実の間を繋ぎ止めるかのように、描かれる世界に迫力を持たせています。
これまでSAG-repo.では多くの版画作品をご紹介してまいりましたが、銅版画はなんと初めての登場です。
簡単に銅版画について、おさらいしておきましょう。
版画にはいくつかの手法により技法が細分化されていますが、その中でも銅版画は「凹版」と呼ばれる部類のひとつです。
銅版に「彫る」「腐食する」といった加工=凹部を作り、そこにインクを詰めて圧力を加えながら刷ることで、インクを版から紙へ転写させます。
製版には、直刻法(刃物で版を直接印刻して凹部を作ります。エングレーヴィング、ドライポイント、メゾチント等と呼ばれる技法が存在します)と腐食法(薬品で描く部分を腐食させて凹部を作ります。エッチング、アクアチント等の技法があります)の二つが用いられます。
銅版画の起源は1400年代頃。
金属細工師が図案の記録のために始めたことのようです。
手法の性質から細かい表現や陰影の表現が可能のため、物語のワンシーンを描いた作品や挿絵などにも、銅版画の作品を見ることができます。
実際に、今野さんがどのように作品を作られているかをご紹介いたします。
展示予定作品「ヘビハクチョウの棲家」の工程を例に、手順を教えていただきました。
まずは銅版に防腐処理を施します。
あらかじめ、削り取らない部分にはインクがつくことがないように準備をします。
防腐処理が完了したら、カーボン紙で下絵を転写します。
「プレス機で印刷するときに図が反転されるので、実際に仕上げたい図から反転した状態で銅版に転写していきます。」
そのため下絵は、トレーシングペーパーなどの半透明のものに描きます。
下絵の転写が完了したら、今度は銅版への描写工程にうつります。
一番初めに塗布した防腐剤をニードルではがしながら(=ドライポイント)、描画を進めていきます。
“はがす”というと少しややこしく思われるかもしれませんが、いわばインクを載せたい線部分を描く作業です。
ニードルで一通りの線を描き終わったところで、今度は腐食(=エッチング)を行います。
「作業途中にも、防腐剤を塗ったり描き足したりする微調整を行なっています。
これにより腐食に段階をつけることができ、線に強弱が生まれるんです。」
さて、ここまでで銅版への腐食までが完了しました。
実際に製版された銅版を見てみましょう。
「この溝にインクを詰めて、プレス機で刷りとることで作品が完成します。
実際の銅版も、個展で展示する予定です。
ぜひ銅版や溝の状態なども、ご覧いただけたらと思っています。」
作品制作における工程要素まで拝見できるのはとても貴重な機会です。
実物を拝見するのが楽しみですね!
「現実につらいことが多く起こっている今、逃避のように空想の世界を描いています。」
と語る今野さん。
しかしその姿勢は、現実に背くためのものではなく、美しく、また理想とする楽園への憧憬と希求する心が生み出した眼差しの化身とも取れます。
「銅版画の、版につめたインクを紙に刷りとるという行為は、空想の世界を“確かにあるもの”として、現実の世界に映し出す作業のように思えるのです。」
空想の世界を探究することは、体の内側に広がる宇宙の深淵を覗き込むような感覚と似ています。
未知に深く、それでいて淡く溶けるように広い。
それでも確固たる理想郷のビジョンがあるからこそ、今野さんは銅版画へと向かい、突き動かされるかのように作品を生み出します。
夢で見た世界を現実に落とし込むように。
まるで鏡を覗き込み、触れた手からもう一つの世界がぐるりと現実にあらわれるかのように。
空想と現実の狭間を、銅版画というツールによって境界線を越境するのです。
その願いは、今回の個展タイトルにも込められています。
「今回の個展タイトルは、現実の向こう側、空想のこちら側という意味でつけました。
今までは、完全に独立した空想の世界を描くことが多かったのですが、今回の展示作品のいくつかには、窓や灯りなど、人工的なものを描きこんでいます。
空想の世界がより身近に、現実のものとして感じられるようにという意味合いだけでなく、私自身が少し現実に近づいたという意味も込めて、“境目”を意識したタイトルにしました。」
空想を、現実へ。
あるいは現実を、空想の世界のように、美しく。
そんな願いが伝わってくるかのような作品が、展示会場に広がります。
あたかも、この現実の空間を、空想の世界へと導くかのように。
緻密な線を辿り、盛り上がったインクをなぞることで、心の澱みがなくなる心地がするという今野さん。
ご自身が感じる安寧の瞬間が、見る人にとっても同じように感じてもらえたらと話してくださいました。
狭間の世界を曖昧にたゆたうように。
空想の世界を見つめる瞬間が、心の拠り所となるように。
今野さんの希求する美しき理想郷を、ぜひ現実のものとしてご堪能くださいませ。
今野樹里恵 個展 -むこうのこちら-
2023年10月29日(日) ~ 2023年11月4日(土)
12:00~18:30 / 日曜 12:00〜18:00 / 月曜休 / 最終日〜17:00迄